2008年10月07日
夜走る
夜、自転車で走りに行く。
緩い上りとはいえ、舗装道路でのマジ漕ぎが1kmも続かない。
タイヤの太さやパターンのせいではなく、チェーンの注油が足りていないからでもない。
体力が低下しているのだ。
これじゃ山を走るのはしばらく無理だ。
ここから5kmほど先の漁港まで行き、一服点けて帰ってこようと思っていたが、そこまでの道が平坦なので止め、緩くともアップダウンのある白老インター方面の道に切り替える。
キツイ。
ギアのお陰で坂道を漕ぐのはそれほどでもないが、車やバイクでのスピードで慣れた道を、自転車のスピードで走るのがキツイのだ。
往復地点と決めた橋までの距離がとんでもなく長く感じる。
そして、道が暗い。
ライトがそれほど明るいモデルではないことに加え、街灯の少なさで、暗い。
テールに点滅する赤いライトをつけて良かった。後方からの視認は良いだろう。
そういえば、最も自転車に乗っていた頃といえば、札幌にいた頃だった。
比べるのが間違いだが、田舎の山中は、この先に道があるのかと戸惑うほど暗い。
橋の上で一服する。
かなり汗をかいている。
平らな道になると身体の火照りが治まり、寒さを感じるようになる。
来年はタイヤを少しオン寄りに換えてもいいかもしれない。
サイクルコンピューターはやはり買おう。
遅いのだから速度計は必要を感じないが、距離計と、参考程度でも消費カロリー計が欲しい。
一時間ほど走って家に戻り、玄関前の階段数段を上ろうとして膝が笑い、つられて苦笑する。
そして、疲れが気持ち良い。
2008年10月05日
バッファロー吾郎原理主義
柏倉註:眠い頭で滅茶苦茶書いたので読んだら疲れるかもよ。
※
バカバカしいお笑いが好きである。
お笑いは、肩の力を抜いて、楽しむべきである。
ただし、お笑いを考え、語る時は、大真面目でなければならないと思う。
そして、『テレビに出ていない芸人=面白くない芸人』という価値観しかない者は、わたくしのブログから今すぐ出て行け。
そして点けっぱなしのテレビのチャンネルをお笑い番組に合わせて後付効果音や字幕につられて面白くもない場面とセリフで笑ってろ。
※
昨夜のキングオブコント(以下KOC)で、敬愛するバッファロー吾郎が優勝した。
その途端に、竹若(立ち位置右)のブログが炎上した。
KOCと関係ないエントリに書き込まれた誹謗中傷のほとんどは、匿名であった。
匿名で書き込む彼らを卑怯者だと、くだらん意見だと言うのは容易い。
しかしわたくしは、彼らにバッファロー吾郎の十九年が伝わっていれば良かったのに、と思わないでもないのだ。
それが、バッファロー吾郎の今後の課題であるかもしれないが、KOCで優勝し、注目を浴びることから、その課題はすぐにクリアされるだろう(と思うが、相変わらず舞台にチカラを入れてテレビには出たがらないかもしれない)。
バッファロー吾郎ファンのわたくしでも、あの審査方法に疑問はある。
審査員を務めたセミファイナリストの殆どが、バッファロー軍団、もしくはリットンファミリーの息がかかった面々――つまり、“食えない時に世話になった面々”でもいいし、“自分の信じる道を行こうと勇気付けられた面々”でもいい――に見えなくもなかった。
しかし、審査は昨夜のネタだけを評価するものではないだろう。
バッファロー吾郎の今までが、己を信じて挫けず、曲がらず、ぶれることすら無かった十九年間が評価されたのだ。
キングオブコントの称号に相応しい者は誰かと問われれば、バッファロー吾郎こそがコント王であると、そう思っている者が、このお笑い界には少なくないのだ。
匿名で書き込んだ者たちは、昨夜のネタと審査方法からしか、バッファロー吾郎を審査する情報が得られなかったのだろう。
匿名書き込みでの誹謗中傷は間違いだが、その情報からの判断は間違ってはいない。
何時如何なる時でも最上のネタを披露出来る者が玉座にあるべきだろう。
ならば、やはりバッファロー吾郎こそが玉座に相応しいのだ。
他のファイナリストたちが、「これこそ我らのお笑いである」と言い切れるネタを、どれだけ披露出来るか。
誰が演っても、笑いの取れるネタではなかったのか。
ファイナリストの面子を見ると、器用者ばかりであるなと感じた。
決勝を争ったバナナマンなどは、コントだけではなく漫才でもトークでも、それぞれピンで俳優としての演技でも何をやらせてもそつなく、いや、それ専門の者を凌駕するほどの才能があるだろう。
つまり、バナナマンは、バナナマンとしてではない仕事も一流にこなせるのである。
しかし、バッファロー吾郎は、その生涯をバッファロー吾郎で走り続け、バッファロー吾郎として終えるのだ。
そんな彼らに、誰が勝てるというのか。
最終審査でバッファロー吾郎を推した芸人たちは、そのことを知っているのだ。
バッファロー吾郎を追い続け、いつの間にか追い抜いたと持て囃されても、それはテレビ等での露出の多さという基準からでしかないと知っているのだ。
バッファロー吾郎こそが、キングオブコントを体現する者たちである。
(ちなみに、エンペラーオブコントはリットン調査団)
2008年10月04日
2008年10月03日
柏倉先輩から一言。
普段から石鹸の匂いのする香水を付けていると、けっこうバレないもんですよ。
以上。
2008年10月02日
夏への扉
小学校低学年から中学年の夏休みの一時期を、わたくしは安足間や上川、丸瀬布という地方で過ごした。
母方が樺太引き揚げ組なせいか、親戚衆がその地域に固まって住んでおり、また柏倉の墓もあり、お盆に実家へ帰るが如く、その地方で一週間ほどを過ごしていたのだ。
安足間の家で過ごした夏の、一番の出来事といえば心霊デビューだが、釣りデビューもここでのことだった。
ウグイやカジカばかりの釣りだったが、竿を出せば必ず獲物が掛かり、とても楽しかった。
虫採りも、トノサマバッタクラスがこれでもかと採れ、蝶々もアゲハやカラスアゲハだけを追いかけ、トンボはギンヤンマだけを狙って捕まえていた。
そういえば、家の軒下にアリジゴクが巣を作っており、その擂鉢のような巣に蟻を落としては、アリジゴクのアリジゴクたる所以を、戦慄と共に理解していた。
風呂と便所は別棟にあり、風呂は伯父の手製の五右衛門風呂だった。
暗い裸電球の下、伯父と湯船(というか釜)に浸かっていると、チクチクしたものがやたらと腕や背中にあたり、すくいあげるとそれは、溺れたちょっと変わった姿のコオロギであったことに戦慄し、伯母が竈を焚きながらそれはカマドウマというのだと教えてくれ、カマドマがカマドウマと呼ばれる所以も理解した。
便所は汲み取り式であり、わたくしの実家も汲み取り式ではあったが、違うレベルの戦慄を覚えた。
夜中、キタキツネの鳴き声が暗闇に響き渡り、その鳴き声は人間の悲鳴に似ていることにも戦慄した。
安足間の家は、家も水道も、便所も風呂も、庭も家並みに大きい物置小屋も伯父が作ったもので、伯父はまさに百姓そのものだった。
わたくしが不器用なクセになんでも自分でやりたがるのは、伯父の影響が少しはあるのかもしれない。
上川の家では、町の観光ガイドをしていた従姉の一人に喫茶店へ連れて行ってもらった。
なんだか、とてもドキドキしたのをよく覚えている。
東京へ出て行った従兄とは滅多に会えなかったが、会うととても可愛がってくれた。
営林署で働いていた伯父が、山でキリギリスを捕まえてお土産に持ってきてくれた。
初めて見るキリギリスはずいぶんと大きくて、夜になると良い声で鳴いていた。
家の近くには北海道らしからぬとても綺麗な用水路が流れており、内地の古い街の映像などで用水路を見ると、上川の家を思い出す。
上川には当時、『アイヌモシリ』という施設があり(のちに『ポンモシリ』と名称を変え、現在は『北海道アイスパビリオン』として営業中)、アイヌの踊りやユーカラや土産物屋が物珍しく、併設している遊園地で遊べるのも嬉しくて、そこへ連れて行ってもらえるのがとても楽しみだった。
丸瀬布の家は、小さい町ながらもその町の中心部、国道沿いにあり、裏手にある商店街の玩具屋で玩具を買ってもらえるのが嬉しかった。
目の前に建つ役場の裏手には湧別川が崖の下に轟々と流れており、その崖を覗き込んではドキドキしていた。
ここには年齢の近い従兄たち三兄弟がおり、泳ぎを教えてもらったり、山へ連れて行ってもらったりと、兄という存在に憧れていたわたくしは、随分遊んでもらった。
夜は伯父が聞きたくも無い怪談を語り、わたくしを泣かせては喜び、伯母に叱られていた。
初めて丸瀬布へ行った時、虫採りに連れて行ってもらう約束をしていた朝、嬉しくて窓辺にいた大きな羽虫を、それがスズメバチであることを知らずに掴み、刺されて高熱を出して寝込んだことを、曇りガラスに差し込む日差しに映るハチのシルエットと共に覚えている。
※
安足間の家は、今はもう誰も住んでいない。
わたくしと年の離れた従兄姉達はとうに家を出ており、伯母はわたくしが高校生のときに亡くなり、伯父はその数年後に亡くなった。
結婚する女性を連れ、線香をあげるために従兄の家に行った時に聞いたが、一日に車が一台通るか通らないかといった、そんな林道からも外れた山中に建っていた家だったにもかかわらず、伯父が亡くなって家を閉めた途端、丹精した庭の木がほとんどが、あっという間に盗まれたそうだ。
上川の家はわたくしが二十歳になる前に伯父が癌で亡くなり、優しかった従兄姉たちも若くして亡くなり、伯母も先日、亡くなった。
伯母は真岡通信局からの最後の通信を受け取った一人だった。
丸瀬布の家は、伯父も伯母も健在だが、一番上の従兄が去年、亡くなった。
そして、わたくしの息子を会わせることが叶ったのはこの伯父と伯母だけで、それも従兄の初七日の席でのことだった。
エレベーターの前で待ち構えていた伯父は、ずいぶんと白髪が増えていた。
道路が混んで到着が遅れたわたくしたちを、伯父は「道に迷ったんじゃないか」と心配し、マンションのエントランスへ出たりエレベーターホールでうろうろしたりしながら待っていたのだと、伯母が教えてくれた。
札幌で道を間違えたことはあっても、迷った事は一度も無いのだが、伯父にとってわたくしは、あの頃の少年のままなのだろうなと思った。
※
来年の夏、息子を三つの地に、連れて行きたい。
人は亡くなっても、川や山がまだある。
そして、そこに魚や虫がいるうちに。
伯父との川で魚が跳ねるのを見て、アイヌモシリへ行くバスを待つ停留所脇の渕でギンヤンマを追いかけ、従兄と登った山でトノサバッタやカラスアゲハを追いかけ、伯母が用意してくれていたのと同じ農協サイダーを飲んで。
当時のわたくしが楽しかった事は、今の息子には楽しくないかもしれないが、亡くなって、もう二度とは戻っては来ないものを見せたいのだ。
何年かして少し大きくなった息子は、なぜ父が自分をあそこへ連れて行ったのか、自宅の傍でも良かったろうにと不思議に思うだろう。
しかし、それから何年かして、自分が父親になり、わたくしを含めた近しい者たちが次々と亡くなり、山も川も姿を変え、魚や虫が姿を消した時、自分が少年だった頃の思い出と共に、わたくしの思い出を、わたくしたちが生きて過ごした記憶を受け継いでほしいと願う気持ちを、理解してくれると信じている。
2008年10月01日
さらなる加速のために
―― mixi 山田深夜コミュニティ『深夜郷』発展的解散のお報せ ――
突然ですが、今月末(2008年10月31日)をもちまして、mixi 山田深夜コミュニティ『深夜郷(しんやごう)』を、解散することにいたしました。
これは、わたくしの思いつきに端を発した事ではありますが、山田深夜氏ご本人と、コミュニティの今後について話し合った末の結論でもあります。
2005年春、寿郎社から二冊の単行本、『ミスターバイクBG』誌(モーターマガジン社)連載「夜ごとモメ事世迷い事」をまとめた『横須賀Dブルース』と、『OUTRIDER』誌(学研)連載の「旅人(たびうど)達の十字路」をまとめた『千マイルブルース』を出版し、その存在を世に知らしめました。
2007年春には『野性時代』(角川書店)連載の『電車屋赤城』が出版。
今年2008年は『千マイルブルース』の続編『ひとたびバイクに』(講談社)を出版。そして幻冬舎から『千マイルブルース』の文庫化、さらにTBSラジオで『ひとたびバイクに』の朗読と、活躍の幅を拡げています。
来年には、更なる活躍も期待……いや、思いもよらないほどの加速をされることでしょう。
すでに書き下ろしやその他の企画で大忙しの山田深夜氏と距離を置き、ここいら辺りでコミュニティをひと段落させるのも、いい節目になるのではないかと思いました。
公式サイト『あん時ゃ夜走り朝帰り』にあったBBSが第一次『深夜郷』ならば、mixi版『深夜郷』は第二次。
願わくば、いつか、それほど遠くない日に、山田深夜氏が“ライダー作家”と呼ばれたことを知らないファンの手によって、第三次『深夜郷』ではなく、全く新しい『作家・山田深夜コミュニティ』が誕生することを願って、“発展的”解散とさせていただきます。
こちらに集って下さった皆様、いままで本当にありがとうございました。
あなた方の存在に、感謝しております。
勝手に解散宣言をしておいてどのクチがとお思いでしょうが、これからも作家・山田深夜氏への変らぬ応援をよろしくお願いいたします。
もちろんわたくしも、氏を応援し続けます。
最後になりましたが、深夜さん。
お忙しい中、定期的にご連絡をいただき、ありがとうございました。
単なるファンコミュニティと一線を画せたのは、深夜さんのご協力のお陰です。
来年、最低でも二冊は出るであろう単行本や、満を持しての新連載(今コレ、憶測で書いてます)を楽しみにしています。
乾杯。
『深夜郷』管理人:柏倉恭三
(トピック『山田深夜、○月○日の近況』について、著作権はあくまで山田深夜氏にあります。過去ログを個人でアーカイヴするのは構いませんが、外部サイト等にペーストしたり、不特定多数の第三者に渡すことだけは、くれぐれもなさらぬようお願いいたします)
2008年09月30日
家庭人
ごきげんようという番組を見ていると、ウルトラマンダイナを演じた“つるの某”が出ていた。
わたくしはこのつるの某の演じたキャラが好きではなかった。
なぜなら、わたくしは“ヒーロー番組は教育番組である”という考えに共感するところから、言葉遣いの汚いヒーロー像が嫌いなのである。
しかし、結局は親の教育如何であり、わが息子も夢中である現在放映中の『ゴーオンジャー』のレッドにしても、『NARUTO 疾風伝』のナルトにしても、言葉遣いは汚いが、子供らはそうそう真似などしないものだということがわかった。
ところでその、つるの某が本を出版したということで宣伝をしていたのだが、本のタイトルが『つるっつるの脳みそ』だそうで、そのタイトルがおかしくて笑ってしまった。
しかしだ。
わたくしは、本来ならばそれを笑うことが出来ないのである。
わたくしの頭部など、人類離れした、まるで想像上の未来人や宇宙人のような大きさであるから、それなりに賢くなければならないのに、しかも不惑の四十に齢を重ねながらも、中学生並み(オマケに性的なことへの興味まで中学生レベル)の思考力しか持ち合わせていないのである。
なぜだ。
わたくしのこの大げさな頭蓋骨の中に詰まっているものは、脳みそではないのか。
やはりオカクズなのか。それとも金山時味噌か(意味無し)。
つるっつるでもいいから、人間並みの脳みそが詰まっていてほしいと思うのだが、詰まるどころかスカスカなのだろうか。
ならばこの大きな頭蓋骨はいったい何なのだ。
確保された容量に中身は伴わず、特に頑丈でもなく、更に外皮には毛髪さえまともに生えないというのはどういうことなのだ。
わたくしは、これからどうやって生きていけばいいのだ……。
ホント、息してゴメンて感じ。
ってゆうかタイトルはドコ行った? って感じ。
2008年09月29日
ふりだしにもどる
最低でも人員が七名必要だった当事業所だが、六名しかいない日々が二ヶ月以上続いていた。
それが今月半ば、二十代の若者(男)が入り、前途が開けてきてはいたが、今月一杯で辞めたいと話していた五十代女性がやはり辞めることとなり、来月からまた人員が足りないのかとガックリしていた先週末、隣町の事業所から、一人預かってくれないかという話が来た。
それも二十代女性である。
まあ、預かってくれ、という言葉から感じ取れるように、その二十代女性は問題児であり、辞めさせるにも辞めさせられず、当事業所への転勤を命じたというワケなのであった。
当事業所の責任者とそこいらの話をしていたら、日曜日に交通の便と場所を確かめる為に一度伺いたいとその二十代女性から言われたそうで、新しい場所でがんばろうとしているのかもしれないから、ここは色眼鏡で見るようなことはせず、見守っていきましょうよと、受け入れ準備を整えていた。
さて、当事業所で古株といえばわたくしと、もう一人――仮にFさんとしますか――Fさんという五十代女性がおりまして。
Fさんは経験が無いままウチに就職し、意地悪な先輩連中からずいぶんといびられておったのですな。
んで、わたくしや栄養士ちゃんなどと、励まし合ったりしてがんばっておったのです。
先の意地悪な先輩連中ね、これがまた性質が悪いのなんの。
特に槍玉に挙げられたのは栄養士ちゃんとわたくし。“ある事ない事”どころか“ない事ない事”噂に立てて、喜んでおったのですね。
わたくしは確かに、可愛い女性綺麗な女性に滅法弱く、栄養士ちゃんもアイドルなみに可愛い子ではありましたが、わたくしは非常に狡猾な人間でもありまして、そんな近所で噂の立つようなことはしないわけです。
それに、おわかりのヒトはおわかりでしょうけど、わたくしは“オトモダチ”程度でよければ若い娘さんや素敵なご婦人に不自由していないわけです。
まあそんなこんなでその後いろいろあって意地悪な先輩たちは淘汰というか粛清されていったのですが、話を最近に戻します。
二十代女性が当事業所に! ということで、Fさんがテメエの中の少女を剥き出しにしまして、まあFさんという方は、新人さん(特に女性)が入るとしばらく不機嫌になり、どうせわたしなんかいらないんでしょと誰も言っていない事をブツブツ喋り、突然五連休を取ったりする方なんですが、今回は休憩時間にその少女がまけ出てきまして、「若い女の子が入るとみんなしてデレッとして」(みんなって誰と誰?)、「○○くんなんかアレでしょ、嬉しいでしょ」(それは当たり前だ)、「○○さんは」(無視)、「○○さんは」(無視)、「男はみんなそう!! だってテレビで言ってるしょ」(テレビごときを真に受けてる時点でちょっとアレ)、と始まるんでございますな。
まあ何を言おうが我々男衆は構ってないわけなんですが、残る女性パートさんが、二人っきりになると誰かの悪口を始めるFさんの少女っぷりをイヤになってきちゃっていて、こりゃ黙っているわけにはいかないなと。
若い男の子が入ってきた時に、Fさんのウキウキとプレゼント攻勢(お茶を飲むカップやカードキーを入れるケースなんかを買ってきてあげるんですな、なぜか)が始まり、あ〜あ、なんて思ってても言わないですが、それをいちいち言われたとしたらあなたはどう感じるのかと。
Fさん、そのままだったらあなたはあの意地悪な先輩連中と変わらなくなってきちゃうよと。
長い付き合いだからそう言っといたほうがいいかなと思って言い方を考えてたら本日、隣町の事業所から電話が入り、件の二十代女性、転勤がイヤで辞めちゃったってさ。
あーあ。
2008年09月23日
ナショナル(食べるほうの)
秋分の日でしたなあ、今日は。
昼が長くなる春分の日は大好きなんだけど、夜が長くなる今日はあまり好きではない。
で、これから昼が少しずつ長くなる冬至はなんとなくウキウキして、これから夜が少しずつ長くなる夏至は、なんとなく悲しい。
冬が長い国に育つとわかる感覚だと思うのだけれど、どうだろう。
※
息子連れでちょこっと仕事をしたあと、サンワドー登別店へ行き、芝切りカッター購入。
えこりん村やバロネスダイレクトで売っているようなオシャレっぽいタイプは7000円ほどの価格だが、色気も素っ気もない実用本位なコレは1680円。
何をするために買ったかというと、コニファーを植えたあたりと芝生の区画整理といったところ。
カッターでバッツンバッツン切り、ガーデンクローで土を起こす。
来春になったらバークチップでも敷き詰めようかなと。
などと書かれてもよくわかんねえでしょうけど、画像はそのうち。
サンワドーで買い物後、息子とターベルで昼食。
ところで先日、スポンジボブDVDを観ていたところ、白い円筒形の何かを焚き火にかざして食べるシーンがあり、息子がこれは何かと問うので、「あれはマシュマロというお菓子で、焼いて食べるものだよ」と教えた。
マシュマロについては息子も知っていたのだが、焼いて食べるということまでは知らなかったようで、驚いていた。
で、ターベル。
チョコフォンデュの横に積まれたマシュマロを見て、「これ、アレでしょ。なんたっけ」と嬉しそうに息子が言うので、マシュマロだよとひとつ作って食べさせるとオイシイオイシイを連発。
ある程度、ゴハンらしきものを食べさせたあと、チョコまぶしのマシュマロを更にふたつとアイスクリーム(これもチョコまぶし)を食べさせる。
わたくしも息子も満足した帰り道、「ナショナルおいしかったね〜」と息子。
マシュマロと言いたかったんだろうなあ。
今度は焼いたマシュマロを食べさせよう。
マシュマロは焼いてこそ、その真価を発揮するのだ。
しかし、ガーデンクローはホントに便利だ。
あ、リンク先のレビューを書いてるのはわたくしだけど、アフィリエイトとか考えてるワケではないので、念の為。
ちょこちょこ土起こしをするヒトは買っておいて損は無いですぞ。
カッターで切ってクローで起こす作業が、一時間ほどで終わった。
けっこうな広さの庭なんだけど、片手間感覚で出来てしまうもんなあ。
まあ、そのあとの土を篩う作業が一番疲れるんだけど。
2008年09月22日
ヘルメット(自転車の)
昨日の日記に付け足した駄文が消えているのでもう一度。
※
来春、息子に新しい自転車を買い与える際、ヘルメットもと考えているのだが、それと同時に、わたくしもヘルメット(自転車の)が欲しいと妻に提案したところ、すんなりと通った。
そこで息子用にと考えているのがコレ。
安い買い物ではないけれども、息子の為ならば良い買い物をしたいところ。
そして、息子が『MET』ならば、わたくしもと、選んだのがコレ。
このモデル、惹句に
METは日本人にジャストフィット!
・METは日本人向けサイズ!
横幅を充分に確保した設計!
とても自然なフィット感が得られます。
とあるのだが、確かにわたくしは日本国に生まれ日本国籍を持つ日本人で、頭の形も日本人らしいと思うのだが、ただひとつ、問題があるのである。
それは、頭の大きさが日本人離れどころか人間離れしている、ということなのである。
なんか……書いてて切なくなってきた……。

